2025年10月18日、川崎支部講演会にて、新居千秋教授による講演が行われた。
本講演会が行われた13A教室には、老若男女を問わず大勢の方々が集まった。冬の訪れを少しずつ感じるような気候の中、教室内は講演開始前から熱気に包まれていた。
講演を行った新居教授は、第29回村野慎吾賞や日本建築家協会JLA25賞などを受賞した高名な建築家である。神奈川県を代表する建築の一つである横浜赤レンガ倉庫2号館も、新居教授がデザインを手掛け、2002年にはグッドデザイン賞を受賞している。

▲講演会での新井教授
様々な場で講演を行ってきた新井教授だが、今回の講演会では、自身の半生を振り返りながら、「昔」と「今」の意識の違い、そしてこれからの建築がどのようにあるべきかについて、深く切り込んだ。
半生から探る、正しい学びとは
「過去を風化させてはいけない」―。講演冒頭にそう語った新井教授は、がむしゃらに努力するという、かつての気風を失ってはならないと続けた。学生時代、目に留まった建築を端からスケッチし、設計図を引き続けた経験が、今の自分の基礎になっているという。
また、これまで出会った多くの先生や教授から学んだことが、今も自身に息づいているとも話す。ここで言う「先生」や「教授」とは、直接薫陶を受けただけでなく、本を通じて感銘を受けた著者も含まれている。
毎日の読書で得られる学びも日々の糧となるが、それは意識して読まなければならない。新井教授自身は「毎日100ページ」といった具体的な目標を立てて読書を続けてきたといい、新たな知見を得る努力を怠ってはいけないと語った。
400mが作る賑わい
かつて日本の公共施設建設は、経済効率やスピードが最優先されてきた。しかし現在、その価値観は大きな転換期を迎えている。今回の講演を通して見えてきたのは、単に建物を造るのではなく、その土地の物語を紡ぎ、住民の地域への誇りを育むための、新たな建築の哲学だった。
まちづくりの視点として示されたのが、「直径400m」という具体的なスケールである。 伊勢のおかげ横丁や川越の一番街など、歴史的に賑わいを見せてきた街は、人が心地よく歩ける400m(およそ徒歩5分)の範囲に収まっているという。
建築は、このヒューマンスケールの中で人々の拠りどころとなる存在でなければならない。身体的に居心地が良く、偶然の出会いが生まれ、何かが始まりそうな予感に満ちた場所。そうした「身体性のある建築」こそが、長く地域に愛され続ける条件だと新居教授は語る。
「建築の形(カタチ)よりも、型(カタ)を重要視する」。 箱を作って終わるのではなく、そこから始まる市民の営みや物語を設計すること。それこそが、人口減少と成熟社会を迎えた日本における、真の「豊かさ」のデザインと言えるだろう。
講演の最後に新居教授は、「自分が思ったことを言えるような人が生き残る。これはいつの時代も変わらない」と伝えた。時や場所を考慮することが求められる場面も確かに存在する。それでも、他者に流されるだけでなく、自分の意見を発言できるように学生は励んでほしいと締めた。