キャンパス周辺に眠る歴史、世田谷吉良氏の興亡と九品仏の成り立ち〜第31回川崎支部定例講演会〜

キャンパス周辺に眠る歴史、世田谷吉良氏の興亡と九品仏の成り立ち〜第31回川崎支部定例講演会〜

皆様は自身のキャンパス周辺の歴史に興味を持ったことはないだろうか?大学周辺の土地とは、4年間、もしくはそれ以上の長い期間、苦楽を共にする第二の故郷であり、自ずと詳しくなっていくものだ。長く傾斜の激しい通学路、先輩から教わった安くて美味い定食屋、学友とテスト勉強をした喫茶店、新入生歓迎会で使った大衆料理店、少しだけキャンパスに早く着く近道。どれも輝かしい思い出であり、あなたの歴史だ。そして、あなたがやってきたことと同じように、それ以前の過去様々な人々が歴史を地層のように重ねたことにより我々の生活は続いている。特にその土地の寺社仏閣などの歴史は、その土地の特色を色濃く映している。今回取材した川崎支部定例講演会では、本学世田谷キャンパスからも近い九品仏駅から約10分ほど歩いた場所にある、九品仏洗善寺の歴史について、講演が行われた。


2026年7月25日(土)、第31回川崎支部定例講演会が開催され、本学(旧・武蔵工業大学)の卒業生であり、現在は「奥沢地誌保存会」の会長を務める染野和夫氏(82)が登壇した。講演では、世田谷キャンパス周辺の奥深い歴史が紐解かれた。

氏は定年退職後、地元での傾聴ボランティア活動を通じて、自身が生まれ育った奥沢の歴史を全く知らないことに気づいたという。それを契機に奥沢神社の伝承などを調べ始め、すっかり歴史研究の魅力に引き込まれたという自身の原点が語られた。

▲九品仏洗善寺の歴史を語る染野和夫氏

講演の主題となったのは、かつて世田谷一帯を治めた名門・吉良氏の興亡である。足利将軍家の一門であった吉良氏は、小田原北条氏から厚遇され強い結びつきを持っていたが、1590年の豊臣秀吉による小田原攻めによって北条氏と共に没落の道を辿ることとなる。これに伴い、吉良氏の拠点の一つであった「奥沢城」も廃城となった。

その後、約80年間にわたり手つかずとなっていた城跡に、1678年(延宝6年)に珂碩(かせき)上人が幕府から土地を賜り開山したのが、現在の「九品仏 浄真寺」である。約3万6千坪にも及ぶ広大な同寺には、全国でも珍しい九体の阿弥陀如来像が安置されている。また、3年に1度行われる伝統行事「お面かぶり」など、今に受け継がれる歴史的・文化的価値の高さが詳細に解説された。氏は自らの足で全国の寺院を調査しており、その知見の深さが伺えた。

講演の随所には、愛妻と共に紅葉の九品仏を散歩して楽しむという微笑ましいエピソードも披露され、会場は終始和やかな雰囲気に包まれ、講演会自体が終わった後も参加者からの質問が飛び交い、私自身も知見を深めることが出来た。

せっかくの大学4年間、自身の大学周辺の歴史を知らぬまま終わるのも勿体ない。本記事を読んで興味を持った方は、是非キャンパス周辺の寺社仏閣を訪れてみるといいだろう。

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